競技力をあげるために飛び込んだ「マラソン大国」でアスリートの本当の価値と向き合う〜プロランナー・八木勇樹さん〜

「ケニアはもっと強くなる。」

八木さんが運営するプロジェクト『RDC KENYA』のサイトには、そう力強く書かれています。

早稲田大学在籍時に、駅伝(出雲・全日本・箱根)、関東インカレ・日本インカレ総合優勝の5冠を達成し、実業団を経て株式会社OFFICE YAGIを設立したプロランナー・八木勇樹さん。

市民ランナーやトップアスリートを指導するなか、自身のアスリートとしての価値と向き合い、今年新たなプロジェクト『RDC KENYA』を立ち上げました。

このインタビューでは、プロジェクトを立ち上げた経緯と、ケニア人ランナーたちが抱える食問題、八木さんが考えるアスリートとしての生き方について、話を伺っていきます。

株式会社OFFICE YAGI

代表取締役 兼 プロランナー

八木 勇樹

早稲田大学在学時に競走部主将を務め、駅伝(出雲・全日本・箱根)、関東インカレ・日本インカレ総合優勝の5冠という史上初の快挙を達成。大学卒業後、旭化成に入社し陸上部に所属。2014年ニューイヤー駅伝では、インターナショナル区間の2区で23分20秒の日本人歴代最高記録をマーク。旭化成を退社し、株式会社OFFICE YAGIを設立。陸上界に変革を起こすべくYAGI RUNNING TEAMを発足し、東京五輪でのメダル獲得のため競技に励みながら、市民ランナーのサポートも行う。

家族を支えるために走る、ケニア人ランナーたちの実情

——八木さんの現在の活動について、簡単に教えてください。

プロランナーとして自身の競技を行いながら、市民ランナーやトップアスリートの指導と、陸上競技をもっと普及させるための活動を仲間とともに取り組んでいます。そのなかで、今年6月から、ケニアのランナーを支援するプロジェクトを始めました。

——元々、ケニアのランナー支援には興味があったのですか?

いえ、むしろもう二度とケニアに行くことはないなと思っていたんです(笑)。

初めてケニアに行ったのは、高校生のときでした。現地のレースに参加したら、本当に一緒だったのはスタートラインだけ……みたいな感じで。あっという間に追い抜かされて、レベルの差を痛感しました。世界の広さを思い知ったのと同時に、ケニアの高温多湿な環境にやられてしまって、私の中では苦い思い出です。

それから11年、競技者として経験を積むなかで、世界一の選手が集まっている環境が一体どのようなものなのか知りたくなりました。マラソン世界歴代100傑のうち、60人弱がなんとケニア人なんです。

「マラソン大国」と呼ばれている環境に身を置き、もっと自分の競技力を伸ばそうと、今年1〜3月にケニアに行きました。ですがそこで感じたのは、レベルの高さだけでなく、ケニア人ランナーたちが抱えるたくさんの課題です。

——どのような課題があったのでしょう?

ケニア人ランナーの多くは、貧困のため生活に困っており、家族を助けるために走っています。ランナーとして日の目を見れば、平均以上の生活を送ることができるので。しかしながら、ほとんどの選手はトレーニング管理の概念がなく、競技者として生活していくためのシステムが整っていませんでした。私より速い選手ですら、まともな生活がままならない。選手としてのポテンシャルはあるのに、一日の食事をチャイ(ミルクティ)だけで済ましているようなランナーがゴロゴロいたんです。

その現状を見て、同じアスリートとして、アスリートの価値を改めて考えました。もっとケニア人ランナーたちの生活は豊かになるべき。自分の手の届く範囲でもいいからなにかできることはないだろうかと、立ち上げたのが『RDC KENYA』です。

身体能力は高くても、体は弱い?ケニア人

——『RDC KENYA』では、ケニア人ランナーのトレーニングを始め、衣食住をサポートされているとか。そのなかで、改めて気づいたケニアの食の課題について教えてください。

貧困問題が直結するのはやはり、食だと思います。ケニア人の主食はトウモロコシや穀物から作られるウガリやチャパティ。卵や肉・魚は高価であるためあまり食べられず、たんぱく質が足りていませんでした。向こうの選手は「砂糖がエナジーだ!」と口癖のように言うくらい、細かい栄養素にはほとんど関心がないんです。

なので、足が速かったり視力が高かったり、身体能力はとても高いのですが、体は驚くほど弱い。ケニア人ってすごく風邪をひきやすいんですよ。疲労しやすく、怪我も多いです。そんな状況を見て、まずは食事改善をし、体調を整えることが最優先だと感じました。

——食環境を改善するために、どのようなアプローチをしたのでしょうか。

私や一緒に日本から来たトレーニング仲間とともに食事をとり、適正なタイミングで適正な栄養素がとれるよう献立を組みました。しかし、ケニア人はそういったバランスの良い食事を食べ慣れていないので、毎日は食べられないと言うんです。「内臓がすごく疲れる」と。

そんなとき、ベースフードさんにご協力いただけることになり、ベースパスタを食事に取り入れることにしました。お腹への負担が少なく、栄養素がしっかりと含まれている。ランナーにとって必要要素が詰まった食品で、非常に助かっています。

——実際にベースパスタを召し上がったランナーたちの反応はいかがでしたか?

かなり積極的に食べてくれました。最初はパスタにたくさんの栄養素が含まれていることが理解できないようでしたが、説明すると「また食べたい!」と言ってくれました。彼らにとって、バランスの良い食事をとることは、これまで身近でなかったというだけで興味がないわけではないんです。食品成分表もよく見ます。

ベースパスタを食べ始めてからは、ある程度良いコンディションを継続できており、トレーニングのムラはなくなってきたのかなと思います。食べている選手達がまだレースに出ていないので、結果にどう結びついていくかっていうのはこれからですね。

——『RDC KENYA』を通して、八木さんが実現したいことを教えてください。

まずは、ケニア国内でこの『RDC KENYA』が反響を呼ぶようなプロジェクトになればいいなと。 貧困問題は、私が現地に行って真っ先に気づいたことでした。ということは、それだけ当たり前のように蔓延していた問題だったということです。にもかかわらず、これまでの陸上界では誰一人として改善の方向に持っていけませんでした。それを変える一つのきっかけになればいいなと思います。ゆくゆくはケニア国内のみならず、日本を始め多くの人に知ってもらえ、世界中に応援してくれる人が増えればうれしいですね。

よく「まあケニア人だから速いよね」って思われてしまうのですが、彼らも私たちと変わらないひとりの選手で、疲れるときは疲れ、怪我もしながら、日々の努力によって成果をあげています。そうしてやっと大舞台に立つ姿をちゃんと情報発信し、みなさんに共感していただけたり、なにか良い影響を与えることができればいいなと思います。

最初は自分のできる範囲でのスタートでしたが、ありがたいことにいろんな方にサポートをしていただけているので、プロジェクトとしてこれから責任を持ってやっていきたいです。

アスリートとしての価値を高めるために

——八木さん自身もランナーとして活躍されながら、なぜこういったプロジェクトも真剣に取り組まれるのでしょうか?

アスリートにとって、重要なのは当然「結果」です。結果を出すまでのストーリーは一般の方にはなかなか届かないので、ただ、みんなが結果に感動する。だからスポーツは価値があるものとして認識されていると思うんですね。

でも、一般の方が思っているアスリート像と、アスリートの実態って違うと私は思っていて。どんなに身をささげても、正直、結果は運の要素もすごくあります。その確率を上げるためにトレーニングを重ねるのであって、これさえやれば絶対に勝てるというものはない。だからこそ、考えてあえて練習量を減らすときがあったり、自分のメンタル面を鍛えるときもあったり。単純に走る以外のトレーニングが重要って気づくときもあるんです。

そんなふうに考えると、もっと私たちが発信できることは結果のほかにもあるはずで。アスリート自身がそこに向き合っていかないと、プロとして独立しても食べていける術を見つけるのは難しいのではないかと思います。

今やっていることがアスリートとしての活動にも繋がりますし、逆にアスリートとして行なっていることがこれからの事業にも繋がる。この活動自体が、私の競技者としての価値を高めることだと信じてやっています。

——たしかに、選手の人間性に共感したり、感銘を受けたりすることもスポーツの楽しさでもありますよね。

「結果」っていうのは、言うなればブームのようなもので。過ぎ去っていくし、みんな忘れてしまうんですよ。

オリンピックに出ても、それから二年経てば、もうほとんど覚えてもらえていない。その人の価値はオリンピアンであるということ。その実績はもちろん消えませんが、その人の今の価値を考えたとき、アスリートとしての価値はどんどん目減りしていくと思うんです。

重要なのは、常に「今」と「これから」。ケニアに行く前は、まさかケニアでプロジェクトを始めるとは思っていませんでした。それが半年後には土地を買い、建物をつくり、仲間ができて…まったく想像していなかったことが起きていく。そこにすごくやりがいを感じていますし、私を成長させ、アスリートとしての価値を上げてくれていると思うんですよね。

アスリートとしても、ひとりの人間としても、私が求めているものは同じで、自分の「存在の証明」です。この活動によって、日本人のケニアに行くハードルが少し下がったり、ケニア人が「アジア人がきて、よくわかんないこと始めたけど、生活が整ってちょっと調子いいかもな〜」と思うぐらいでもいいんです。自己満足と言われればそれまでですが、私が死ぬまでにほんのちょっとでも陸上界がよくなればいいなって。

実は考えてるのは本当にそれだけで(笑)。これを原動力にしてやっているだけ。自分が正しいとも思っていないし、ただ私はこれをやるしかないなっていう感じなんです。

——ありがとうございます。八木さんの活動に、ベースパスタが少しでもお役に立てればうれしいです。