はじめまして。ニューロガストロノミー研究家の大嶋です。
突然ですが、私は以前、恋人の食事管理を行い、半年で10kgほど減量させることに成功しました。
思えば、男性として好きになったのか、はたまた被験者として好きなったのか、今となっては定かではありません。しかし、知的好奇心を愛情だと積極的に錯覚していた私は、恋愛を通じて独自のダイエットメソッドの開発に成功し、科学者としてまさに「リア充」とも呼べる日々を過ごしていたのです。
みなさんは、普段、どのように体型をコントロールしていますか。摂取カロリーを少なくしたり、食事を「糖質オフ」のものに置き換えたりしているでしょうか。
私は、彼の食生活を観察する中で、多くのダイエッターの盲点になっていることがあると感じました。それは「空腹でいる時間」です。この記事では、ダイエットにおける「空腹でいる時間」の大切さを、お話してみたいと思います。
「からあげとビール」でも太らない?
彼が太る原因を突き止めるために、時にデートを装い、時に”たくさん会いたがる女”を装い、彼に接近し、その行動を観察・記録しました。
確かに、彼の食事内容は、「からあげとビール」を好むなど、肥満になりやすい傾向はありました。とはいえ、そこまで脂肪を蓄えるに至る食生活とは到底思えませんでした。社会人として日々会社に通い、週に何度かジムにも通っているので、運動不足でもなさそうです。
一通り集め終えた彼のデータから導き出されたのは、ある仮説でした。
「これはまさに、あの論文のパターンなのではないか!?」
2012年に発表された論文に、エサの与え方とマウスの肥満の関係を調べたものがあります。
実験では、以下の4つの条件でマウスが18週間飼育されました。
1)脂肪が適量なエサ+起床中の8時間以外は食べられない
2)脂肪が適量なエサ+24時間いつ食べても良い
3)高脂肪エサ+起床中の8時間以外は食べられない
4) 高脂肪エサ+24時間いつ食べても良い
その結果、脂肪が適量なエサを与えられた1)や2)と比べて、高脂肪エサを与えられた4)のマウスは、体重が1.5倍ほどの太ったマウスとなりました。しかし、同じ高脂肪エサでも、エサを食べられる時間が制限されていた3)のマウスは、1)や2)と体重があまり変わらなかったのです。
1)普通エサ+時間制限あり→普通体型
2)普通エサ+時間制限なし→普通体型
3)高脂肪エサ+時間制限あり→普通体型
4)高脂肪エサ+時間制限なし→肥満
つまり、人間においても、食事の内容がたとえ「からあげとビール」のような肥満になりやすいものだとしても、食事時間を制限することで、肥満を防ぐことができるのではないか?と仮説を立てたのです。さっそく、”彼の健康を心配する彼女”を装い、ダイエット実験に着手しました。
肥満予防の鍵は「時計遺伝子」にアリ!
上のマウスの実験で、高脂肪のエサでも食べられる時間が制限されていた3)のマウスが肥満を防ぐことができた秘密は、「空腹でいる時間」の存在にありました。
体重の変化だけでなく、それぞれのマウスの体の中で活発になっている遺伝子について詳しく調べたところ、3)のマウスは4)のマウスに比べて、糖分をエネルギーとして利用する遺伝子や、脂肪を分解する遺伝子が活発になっていることが分かりました。つまり、脂肪を蓄えにくい状態になっていたのです。
実は、栄養素の分解・吸収(代謝)や食欲に関わる遺伝子は、「体内時計」と密接に関わっています。みなさんも、体内時計という言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。文字通り、私たちの体内には時計があるのです。といっても、私たちが普段時間を確認するときに使うような時計がそのまま入っているわけではありません。
私たちの体の中では、「時計遺伝子」と呼ばれる4つの遺伝子があり、約24時間周期で、遺伝子の活発さが変化しています。体はこれを時計として利用しています。規則正しい生活を送っていると、時計遺伝子の活発さの周期が安定します。逆に、リズムが乱れた生活を送っていると、遺伝子の活発さの周期が乱れてきます。
時計遺伝子の活発さの周期は、他の遺伝子の活発さにも影響を与えており、糖分や脂肪の代謝にかかわる酵素の遺伝子もその一つです。また、周期は、目から入る光の刺激や、体内に入ってくる栄養素など、さまざまな要素でリセットや微調節がなされます。
4)のマウスは、24時間いつでも脂肪が体内に入ってくる状態であったため、時計遺伝子の周期を乱すことに繋がり、糖分や脂肪の代謝にかかわる酵素の遺伝子の活発さの乱れを引き起こしたようです。一方で、3)のマウスは、「空腹でいる時間」があり、体内に栄養素が入る時間にメリハリがあったため、時計遺伝子が乱れず、普通エサで育ったマウスと遜色ないほど糖分や脂肪の代謝機能が十分に保たれたと考えられています。
「空腹でいる時間」を作ることは、体内時計を規則正しい状態にすること、そして食べ物を代謝する機能を正常に保つことに繋がるのです。
実生活で気をつける2つのポイント
日常生活の中に「空腹でいる時間」を取り入れるためには、普段習慣として何気なく食べているものに意識を向けることが大切です。以下では、「空腹でいる時間」を確保するために見直したいポイントを2つご紹介します。
01.糖分や脂肪分を含む飲み物をダラダラ飲むのはNG
食事の内容には気を使っているとしても、意外と盲点になりがちなのが、飲み物です。飲み物は、一度に飲みきるというよりは、仕事や作業をしながらこまめに口にし続けるシチュエーションが多いのではないでしょうか。
糖分の入った飲み物や、脂肪分が入った飲み物をちまちま飲んでしまうと、「空腹でいる時間」が作れなくなってしまうので注意が必要です。みなさんは、仕事中の飲み物にカフェオレを選んでいませんか?カフェオレには、ミルクの乳脂肪や、モノによっては砂糖などの糖分が含まれています。カフェオレ自体のカロリーが大した数字じゃないからといって安心してはいけません。日々のダラダラ飲みの積み重ねが、あなたの遺伝子の働きを変えているかもしれないのです。
カフェインを摂りたい場合はブラックコーヒーやストレートティーにするか、どうしてもカフェオレが飲みたい場合はなるべく短時間で飲みきるのが良いでしょう。個人的には、作業中の飲料としては水をお勧めします。
02.おやつは食事の直後、おやつタイムは1日1回
よく、食べ過ぎを防ぐために「1度に食べる量を減らして食事の回数を増やす」といったアプローチも見られます。しかし、体内時計の観点から言えば、私はこの方法は望ましいと思えません。
体内時計にメリハリをつけるためには、とにかく食べ物を口にする時間を限定することが大切です。このため、「おやつ」も、できれば食事の直後に”食後のデザート”として摂取するのが理想的でしょう。
とはいえ、おやつは、食事と食事の間に小腹が空いた時にこそ食べたいものですよね。辛いダイエットには持続性がないので、昼食と夕食の間などに1日1回のおやつタイムを設けるのは良いと思います。ただし、1時間おきにチョコをひとかけらずつ食べるといった具合の、ダラダラ系おやつタイムはNGです。会社でお土産が配られたり、誰かがお菓子を分け与えてくれた時にも、できればその場ですぐに食べずに、食事時間の前後や、決められたおやつタイムまで取っておきましょう。
食事時間にメリハリをつけてみよう
飲み物やおやつについても指導をしながら、彼の実験を2ヶ月ほど経過観察したところ、顕著に体重の減少が見られました。実験の精度を高めるためには、(浮気をして)被験者を増やすか、同じ被験者で別条件を試すなど、さらなる追加実験が必要でした。
しかし、私は科学者としてあるまじき失態を犯してしまいました。なんと、被験者たる彼に情が湧いてしまい、「より健康的でいて欲しい」などといった唾棄すべき感情に溺れてしまったのです!その結果、より健康的な生活プランを提案するにとどまらず、私自身がヘルシーな手料理を振る舞うなどして、実験環境の均一性を破壊してしまったのです…。
とはいえ、食事時間を制限し、空腹でいる時間にメリハリをつける食生活は、肥満の予防に一定の効果を示す可能性を科学者として感じました。この手法は、食事内容を変えなくて良いので、食欲と戦ったりや特定の食べ物を我慢したりする必要がなく、持続可能性もあります(もちろん、食事制限や運動と組み合わせる方がより効果が見込めるでしょう)。
私は後悔してもしきれない形で実験を中断してしまいましたが、賢明な読者のみなさんにはぜひ、食べる時間を意識することで肥満を予防できるかどうか、試していただきたいと思います!
大嶋 絵理奈
ニューロガストロノミー研究家・サイエンスライター
2015年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程ならびに科学技術インタープリター養成プログラム修了。専門は分子生物学、食品化学、認知心理学。食と科学のウェブメディア「Minamoca Lab.」を中心に各種ウェブメディアや雑誌で執筆を行う。「味を感じる器官は脳である」と考える“ニューロガストロノミー”に関心を注ぎ、五感や認知がおいしさに与える影響を探求している。