こんにちは。ニューロガストロノミー研究家の大嶋です。
食を通じて健康や見た目の美しさを目指す上で、「食べ過ぎを防ぐ」というのは大きなテーマの一つですよね。
「食べ物は脳で味わう」と考えるニューロガストロノミーの世界では、食べ過ぎの原因を、「体が欲しがるもの」ではなく「脳が欲しがるもの」を食べてしまうためと考えます。
みなさんは、バイキング形式の食事だと、ついいつもより沢山食べてしまうことがありませんか。これは、食べ物の種類の多さが食体験をより楽しいものに感じさせることで、体が感じている満腹感より、もっと食べたい欲求を優先してしまうためです。
逆に言えば、体が満腹感を感じていなくても脳を満足させることができれば、食べ過ぎを防げるかもしれません。
今回は、脳を騙して満腹感を得る「錯覚満腹感」について考えてみたいと思います。
「満腹感=胃がふくらんだ」ではない!
人の満腹感は、生理学的には「胃のふくらみ」と「血糖値の上昇」のふたつの要素で決まると言われています。汁物を飲むとお腹いっぱいになるのは胃がふくらむためであり、おかずをたくさん食べても、ご飯などの炭水化物を食べないとどうも物足りなく感じるのは、炭水化物がないと血糖値が上がりにくいためです。
ただし、人の満腹感は、気温や照明、誰と一緒に食べるか、何種類のものを食べるかなど、生理学的なふたつの要素以外によっても変動することがあります。中でも、五感やその人の認識の変化で満腹を感じる場合を「錯覚満腹感」と私は呼んでいます。
VRでクッキーのサイズを変化させると食べる量が変わる!?
五感の中でも、特に満腹に影響力を示すと言われている刺激は、視覚刺激です。食べ物の見た目を変えて満腹感を変化させる実験として、次のようなものがあります。
東京大学の鳴海拓志先生らは、VRを使った実験で、食べ物の大きさが満腹感に与える影響を調べました。これは、クッキーの大きさが変わって見えるVRヘッドセットを装着しながらクッキーを食べる実験で、実際のクッキーよりも0.67倍または1.5倍の大きさに見えるように設計されていました。実験参加者は、この2つの倍率または通常の大きさでクッキーを見ながら、満腹だと感じるまでクッキーを食べ続けました。
その結果、1.5倍の大きさで見ていた方が、0.67倍の大きさで見ていたときよりも、満腹に至るまでのクッキーの消費枚数が減る傾向にあることが分かりました。つまり、クッキー1枚あたりの量は変わっていないにも関わらず、視覚刺激の変化によって、通常よりも少ない枚数で満腹感を得られたのです。
脳をだまして食べ過ぎを防ぐ方法
日常の食卓でVRを使うことはまだ難しいですが、何らかの方法で食べ物の量を実際よりも多く見せることで、満腹に至るまでに食べる量を減らせる可能性があります。
量を多く見せるテクニックとして有名なのは、「料理を小さなお皿に盛る」というものです。小さなお皿に盛ることで、皿の上で食べ物が占める面積の割合が増えるため、量が多く感じられるのです。
これは、「デルブーフ錯視」に基づくテクニックで、「プレート効果」とも呼ばれています。デルブーフ錯視とは次のような錯視です。以下の図では、右側の黒丸のほうが、左側の黒丸よりも大きく見えないでしょうか。
私は、ダイエット中の男性と交際していたとき、このプレート効果を使った手料理を振る舞いながら、錯覚満腹感の実験を楽しんでいました。しかし、この彼、なぜか効果が全く見られなかったのです。
プレート効果に関する論文を読み漁っていると、「過体重の人はプレート効果を受けにくい」という報告を発見しました。つまり、日頃から大食いしがちな人は、見た目での錯覚の影響を受けにくい可能性があると考えられるのです。
このため、視覚を騙す以外の方法も様々に試しました。その時に使った3つの考え方をご紹介します。
01.「情報」で量への思い込みを変える
見た目で量を錯覚させるということは、視覚刺激をインプットに、錯覚というアウトプットを生み出すことです。つまり、錯覚というアウトプットさえ起こせれば、インプットは視覚刺激でなくても良いのです。
見た目の代わりのインプット。それは「情報」です。情報は、自分自身を騙す時には使えませんが、食事を提供する側になる時に有効です。
イギリスの研究者らによる実験では、食後2〜3時間後に感じる空腹感は、実際に食べた量よりも、「食べたと思いこんでいる量」によって左右されることが示されています。同じ量のスープを飲んだとしても、スープを500mL飲んだと思い込んでいる人は、300mL飲んだと思いこんでいる人よりも、2〜3時間後に空腹感を感じにくいことが分かったのです。
このため、いつも200gのパスタを食べる人に対し、150gで提供しつつも「これで200gだよ」と伝えたり、内側に線の模様がついたお茶碗で白米を提供し「この線が一人前の目安なんだって」と言いながらいつもより少なく盛るなど、量を勘違いさせることで、少ない量でも満腹感を持続させやすいと言えるでしょう。
02.「テクスチャー」や「質感」を用いた錯覚
視覚以外では、食べ物のテクスチャー(食感)もまた、錯覚満腹感に影響します。オランダの研究者らが実施した実験によれば、「厚みがあるもの」や「とろみがあるもの」は、満腹になった気になりやすい傾向があるといいます。
このため、トンカツやステーキは、長細いよりは分厚く噛みごたえがあるような形状で作ったり、煮込み料理は、とろみが出るまでじっくり煮込んだりすると、より満腹を感じやすくなると言えるでしょう。
また、食べるときの食器も大切で、軽いスプーンよりは重いスプーンで食べるほうが、食べ物自体に重量があるような印象を感じさせ、満腹感につながりやすいことも知られています。
手料理を作る時には、こうしたテクスチャーや食器類の質感も意識することで、錯覚満腹感を生み出しやすいでしょう。
03.「イメージ」で刺激に慣れる?
みなさんは、何かを食べる時には、食べ始めがもっともおいしく感じ、食べ進めるにつれて味に慣れていくような感覚を味わったことはないでしょうか。食べ進めるにつれて味に慣れていくのは、体が満腹になるにつれて出てくるホルモンなどの影響もあります。しかし、おいしさへの刺激に脳が慣れてしまうことも理由の一つだと考えられています。
食事の時には、食べ始めが脳にとってもっとも刺激が強く、食べ進めるにつれて刺激が弱まっていき、最終的に食べるのをやめます。このように、食べ進めるにつれておいしさの刺激に慣れてしまうことで満腹感がでてくる現象は「感覚特異的満腹感」と呼ばれています。
この感覚特異的満腹感を利用して満腹感を得る方法の1つに、「食べる前に、あらかじめ食べるイメージを反復して、食べる前の刺激自体を弱めておき、食べる量を減らす」というものがあります。
「料理を作っているだけでお腹いっぱいになってくる」という話を耳にしたことはないでしょうか。これは、おそらく感覚特異的満腹感によるものだと考えられます。
刺激が強いか弱いかは無意識レベルのものなので、必ずしも実感できるとは限りません。しかし、焼き肉の食べ放題に行く前に、あらかじめ肉汁滴るジューシーな肉を食べるイメージを反復したり、飲み会に行く前に、乾いた喉にビールをがぶ飲みするイメージを反復したりしておくことで、満腹になるまでの摂取量を、いつもより減らせるかもしれません。
おまけに 錯視を食卓にもちこむ
心理学を学んでいると、初学の段階で必ず出会う図形があります。あなたも、この図形を一度は見たことがあるのではないでしょうか。
これは、「ミュラー・リヤーの錯視」というもので、2本の直線の長さは同じにも関わらず、末端の線の引き方によって、長さが変わって見えるというものです。
私はダイエット中の彼をやせさせるために、日頃からさりげなく食事量を減らす工夫をしていました。手料理でステーキをふるまう時にも、このような見た目で食卓に出していました。
彼からは「変わった盛り付けだね」と多少怪しまれたものの、日頃からの不思議ちゃんキャラの演出も功を奏し「アートだ」の一点張りで押し通すことに成功していました。
また、「ジャストロー錯視」というのがあります。以下の2つの図形は全く同じ(合同)ですが、下側のほうが大きく見えないでしょうか。
これを応用して、バウムクーヘンを食べる時には、わざとこのように並べていました。
そして、小さく見えるほうを私が取ることで、”彼を優先する良い彼女”という印象を形成してきました。彼の愛を増幅させつつ、自らの知的好奇心も満たせる一石二鳥なおやつタイムになります。みなさんもぜひ使ってください。
錯視は二次元ですが、実際の食べ物は三次元。食べ物の見た目を平面的に見るか、立体全体の印象を見るかは、その人の認識の仕方の違いで変わってきます。このため、万人に共通する完璧な錯覚法を確立するのは難しいかもしれません。
しかし、脳の機能をうまく活用する方法は、さりげないものであり、苦しい我慢などを要さないので持続性があります。ダイエットや食生活の改善で大事なのは、何よりも続けられることだと思います。
錯覚満腹感など、脳や気持ちの錯覚を利用して食体験を変化させる実験の機会は、日常のいたるところに存在します。とくに、被験者の多い飲み会や食事会などは多様な実験が可能ですし、被験者ごとの反応の違いも観察できるので、オススメです。
あえてデザートから食事を始めてみる。暑い日になるべく長い距離を歩かないといけない店を選択する。仲の良くない友人同士を食事に誘う。などなど。満腹感に影響が出そうな条件をさまざまに変えて食事してみましょう。
晴れて飲み会の幹事などを任された時には、食事のおいしさや会話の楽しさなどに加えて、満腹の錯覚実験を楽しんでみてはいかがでしょうか。
大嶋 絵理奈
ニューロガストロノミー研究家・サイエンスライター
2015年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程ならびに科学技術インタープリター養成プログラム修了。専門は分子生物学、食品化学、認知心理学。食と科学のウェブメディア「Minamoca Lab.」を中心に各種ウェブメディアや雑誌で執筆を行う。「味を感じる器官は脳である」と考える“ニューロガストロノミー”に関心を注ぎ、五感や認知がおいしさに与える影響を探求している。