冬の食欲は”脳の錯覚”?寒くなると食欲が増す理由を検証

こんにちは。ニューロガストロノミー研究家の大嶋です。

気づけばすっかり冬に突入し、寒さが本格化してきました。みなさんは、寒い季節、他の季節よりも無性にお腹が空く気がしませんか?ダイエットをするにしても、夏より冬のほうが食欲の魔の手に襲われ、挫折しやすいのではないでしょうか。

寒いとお腹が空く理由として、「寒いほうがエネルギーを使うから」という説をよく見かけます。確かに、さまざまな研究を通じて、寒い環境で過ごした人は温かい環境で過ごした人よりも、消費エネルギーが増えることが分かっています。

しかし、消費エネルギーの増加が、食欲の増加に直接的に結びつくことを示す証拠は今のところありません。つまり、「多くエネルギー消費したから、多く食べたくなる」という説には疑問が残っているのです。

私たちはなぜ、寒くなるとお腹が空きやすくなるのでしょうか。そもそも、本当にお腹が空いているのかすら、怪しいところです。「満腹でもデザートだけは別腹」といった具合に、食欲は状況によって変化しやすいので、寒さによって”お腹が空いていると思わされている”可能性もあるかもしれません。

この記事では、「寒くなると食欲が増す理由」について科学的な視点から考えてみたいと思います。

もくじ

脳「エネルギー足りてる?」体「No!」→食欲発生

食欲は大きく分けて以下の3つの要因で決まります。

(1)糖の量
(2)脂肪の量
(3)胃の空っぽ具合

食べ物を食べる行為は、おいしさで幸せな気持ちを補給する効果もありますが、もともとは生命維持に必要なエネルギー源を食べ物から摂取する目的があります。私たちの脳の「視床下部」という部位は、体にあるエネルギー源の量を常にモニタリングしています。視床下部が、エネルギー源となる物質が足りないと判断すると、食欲が生み出されるのです。

エネルギー源となる物質とは、具体的には糖と脂肪です。筋肉などのタンパク質も分解すればエネルギーにはできますが、食欲をコントロールしているのは、主に糖と脂肪です。

糖は、視床下部にある神経細胞が、血液中の「グルコース」という糖を直接感知します。脂肪は、脂肪細胞から分泌される「レプチン」という物質が血液を介して視床下部まで届くことで、間接的に感知されます。

つまり、体内の糖や脂肪の量が多ければ食欲がおさまり、少なければ食欲が増すのです。

また、胃が空腹であるときに分泌される「グレリン」という物質があります。グレリンは空腹感を生み出す物質で、胃に食べ物が入ってくると分泌が弱まり、空腹感が弱まります。胃に食べ物が入っていないという物理的な刺激によっても、食欲が増すのです。

食欲は、このような3つの状態によってコントロールされています。これを踏まえた上で、寒くなるとお腹が空く理由ついて考えてみましょう。

寒いと食欲が増す仮説(1)交感神経がグレリンを分泌させる?

私たちの体は、多少の前後はあれど、常に一定の体温になるように保たれています。気温が低くなると熱が奪われていくので、皮膚の表面から冷たくなっていきます。体は、寒さに対抗しながら、なんとか体温を一定に保たなければなりません。

寒い時、体は主に2つの戦略で体温を上げます。

1つ目は、震えることです。体内で熱を生み出しているのはほぼ筋肉です。筋肉を動かして震えを起こすことで、追加で熱を生み出すことができます。2つ目は、血流をおさえることです。血液は体の外に熱を逃がすはたらきもあるので、血液の流れをおさえることで熱を逃しにくくしているのです。

この2つは、自分の体を使ってできることです。しかし、他にもチートがあります。それは「食べ物を食べる」ことです。みなさんも食事をしていると体が熱くなってきた経験があるのではないでしょうか。食べ物を食べると、体温を0.5度ほど上昇させることができるのです。

わたしたちの体は寒い時、多く使ったエネルギーの補給というよりは、発熱の手段として食べ物を食べたくなるようにできているのかもしれません。このしくみは、まだ研究途上でありデータが不足していますが、次のような仮説があります。

震えや血流の低下は、寒さの刺激によって活発になる「交感神経」によって引き起こされます。マウスを使ったある実験では、交感神経が活発になるとグレリンの分泌が増えることが分かりました。つまり、体温を上げるためにはたらく交感神経によって、空腹感をもたらす物質の量が増える可能性があるのです。

仮説(1)の食欲は本物?錯覚?

食欲は本来、エネルギーを補給するために生じるものだと言いました。しかし、この仮説において、食べ物はエネルギー源ではなく、熱源です。つまり、エネルギーが不足しているから食べる、というわけではない可能性が高いので、本来の空腹感とは別物と言えるでしょう。つまり”錯覚空腹感”の一種です。

この空腹感にしたがって食べすぎてしまうと、発熱に必要な分以上のエネルギーを摂取してしまい、エネルギー過多になる可能性があると思います。厚着をしたり、部屋を暖かくしたり、こたつに入ったりして、なるべく体を冷やさないように心がけることは、冬を快適に過ごすことだけでなく、錯覚空腹感に騙されて食べ過ぎないことにもつながるでしょう。

寒いと食欲が増す仮説(2)セロトニン不足が暴食につながる?

もう一つは、実は寒さではなく、日照時間の短さが食欲に関係している可能性があります。

1年を通じて晴れの日がない国の人はうつ症状の人が多い、という話を聞いたことはあるでしょうか。本来、うつ病は、脳の中で「セロトニン」という物質の量が減ることが原因でおこると言われています。セロトニンを作るためには目からの光の刺激が重要であるため、晴れの日が少ないと、セロトニン不足につながり、うつと似たような症状が引き起こるのです。

晴れの日の回数が少ないわけではない日本でも、冬場は、夏場と比べて日照時間が短く、光の刺激が減りがちです。たとえば、冬至(12月)は、夏至(6月)と比べて、5時間ほど日照時間が短いです。こうした日照時間の短さも、セロトニン不足を招きます。冬特有のうつ症状である「冬季うつ」の原因は、日照時間の短さにあると考えられています。

実は、このセロトニン不足は、食欲に関係があります。憂鬱な気分になると、つい食べすぎてしまうという経験がある方もいるでしょう。

視床下部でエネルギー源の過不足を感知されて食欲が発生したあと、わたしたちが「食べる」という行動に至るまで、脳の中でいくつかの神経伝達が行われます。そのうちの一つに「MCHニューロン」という神経があり、この神経が活発だと、食欲をおさえ、食べる行動を控えさせるはたらきがあります。

ある研究で、セロトニンがMCHニューロンを活発にすることに関わっていることが明らかになりました。つまり、セロトニンが食べる行動をおさえることにつながっていると分かったのです。日照時間が減ると、MCHニューロンを活発にするセロトニンの量が減るので、食べる行動を取りやすくなる可能性があるのです。

仮説(2)の食欲は本物?錯覚?

MCHニューロンは、糖や脂肪を感知する神経細胞から「エネルギーが足りないよ!or足りてるよ!」という情報を受け取ってから活発になったり不活発になったりします。しかし、この仮説では、そうしたエネルギーに関する情報ではなく、セロトニンという別の要素によってMCHニューロンが不活発になり、食欲が増加しています。これも、”錯覚空腹感”と言えるかもしれません。

冬のあいだは、なるべく明るい場所で過ごし、目に光を入れるように心がけることで、不当な空腹感の発生を予防することができるのではないでしょうか。ただし、夜の睡眠には差し支えないよう気をつけてくださいね。

冬の食欲を抑えるために

これらはあくまで現時点の研究から考えられる仮説ではありますが、どちらも「多くエネルギー消費したから、多く食べたくなる」という説を支持するものではありません。冬の食欲は、”錯覚空腹感”である可能性があります。体の保温や部屋の明るさに注意して、冬の食べすぎを防いでいきましょう!

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大嶋 絵理奈

ニューロガストロノミー研究家・サイエンスライター

2015年、東京大学大学院総合文化研究科修士課程ならびに科学技術インタープリター養成プログラム修了。専門は分子生物学、食品化学、認知心理学。食と科学のウェブメディア「Minamoca Lab.」を中心に各種ウェブメディアや雑誌で執筆を行う。「味を感じる器官は脳である」と考える“ニューロガストロノミー”に関心を注ぎ、五感や認知がおいしさに与える影響を探求している。

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